2005年07月22日 - ネット上にては匿名性を失うと優しくなれる

ネット上での匿名とは何なのだ?


 前々から疑問に感じてた部分なんですが。これを考えるに当ってまずは、秘匿性とか匿名性が低い順番から並べてみます。

  1. 堂々と本名で投稿する方々。
  2. Lucaさんは現在、Lucaなるハンドルネームを利用しています。これをコテ名とかHNとか固定と表記します。この場では何年もの長期間に渡って利用するものを指します。
  3. またネット上では、捨て名と呼ばれる一時的・極めて短期間に利用するハンドルがあります。
  4. 特定のハンドルを入力しない無記名投稿者は、捨て・空白・通りすがりとか。

 匿名論とかそんな感じの意見もありますが。
 実際に匿名で書き込む方々は、防犯目的であったり、またはただ何となくだったり。更にはスラドのACのように、自分の登録しているハンドルを使って書きたくないようなコメントを匿名で書く目的のものもあったりしますが。
 大多数の方は、それらの使い分けをしているようです。

 本名で書き込むデメリットとして。
 本業なり所属機関なりが既知であれば、職場や自宅に嫌がらせのイタ電がある場合も。
 女性の場合は特に、ネットストーカーの被害を受ける機会が高いようです。
 何かを告発したいものの、それにより社会的に不利益を蒙る可能性がある場合もありそうな。

 ハンドルで書き込む場合はですね。
 投稿者は、ネット上での連続性のある立場なり人格を演じる必要があるようです。
 また匿名と言っても、ある程度は人目を気にします。
 (恨まれるような事をするな、とおっしゃる方もおりますが)

 捨て名なり空白での書き込みはですね。
 これは微妙でよくわからないんですが。本名やハンドルでの書き込みよりは、その発言の信憑性が低く見積もられる機会が多いように思われました。
 ただこれを元に自身の人格を秘匿しつつ書くのは駄目、との議論はしませんよ。

本名・ハンドル派、匿名派のやりとり


 この場合の匿名性とは、本名>長期的に利用しているハンドル>一時的なハンドル>匿名投稿、となります。

 某所のゴタゴタ話でもあったんですがね。
 匿名うんぬんと持ち出す方は、前述したように「匿名であっても情報の価値は失われていない」とか「本名なりコテであっても意味無く責任感無い発言も多い」との話をよく持ち出しますが。
 自分はやっぱり、本名であったりまたよく見かけるハンドルであった方が、まずは目がいくんですね。

 自分的な印象はですね。
 匿名・捨て名の投稿よりは、長期的に利用されているハンドルや本名での投稿の方が、より自身の発言に責任を持っている、そのような印象を感じるのです。

匿名性を喪失した場合は


 mixiのコミュとかを眺めて、最近感じる実感なんですが。
 あちらでは人と人との繋がりが大変重視される、ある意味で独特の社会です。参加するにはどなたかの招待が必要で。そして活動していく上では、そのハンドルとは違うハンドルなり匿名での投稿はできません。
(別ハンで登録し参加している場合は可能ではありますが、そのアカウントはある意味で結果として「汚染」され警戒されます)

そのような場ではですね。皆さんおとなしいんですよ、はい。人目、これがやっぱり気になるんですかね。あまり社会的に逸脱しとんでもない行動をする方は少ないようで。
 これはリアル・実社会で知り合い関わりがある方々の目もあるため、なんですかね。

 匿名で活動できる場、SNS以外のどこかであったとしてもですね。どこかの誰かからの信頼を失う可能性がある、そう心の底に危惧があるならば、誰かを攻撃したり荒らしたりはできないものなんではないでしょうか。

 誰かの視線の有無で自身の行動に枠をはめる、これについてはよくわからない部分もありまして。
 また自分のブログにしてもその他にしても、コメントを書き込む方々に匿名で書くな、なんて言いません。と言うかそんなのは求めてませんが。
 どこかの誰かが自分を見てて、また誰も見ていなかったとしても自分自身はどうなのか、などと自問自答する機会があったらば、皆さんもっと優しい気持ちで投稿できるんではないでしょうか。

継続して利用されるハンドルと信憑性(2005年8月22日追記)


 鷹木 創氏が、大変興味深い記事を書いてたので転載。

 GLOCOMの鈴木氏がインターネットと既存ジャーナリズムを対比し、インターネットの高い匿名性を指摘。記事に署名が必要かどうかといういわゆる「匿名顕名問題」を参加者に問いかけた。
 また、“切込隊長”としてブログも運営している山本氏は「顕名では発言の責任が問われるが、信用を担保できる」とコメント。また、実名に限らずハンドルネームであっても継続的に同一の署名を利用することで、記事に対する反応を長期的に観測できる。このため、自分自身のポジションや書いた記事の正しさが時系列的に判断できることも利点だという。
ひろゆき氏や切込隊長が語る「ネット上の合意形成」〜GLOCOM forum 2005 (INTERNET Watch)


 よく実名・ハンドル・匿名論を持ち出し、書き込んだ内容の信憑性を取りざたする方も居りますが。
 こちらの印象としては、長期間利用されているハンドルは、匿名性をある部分で消失してるように思われます。
 そして彼らは、自身の行動に何らかの足かせなりをはめ、普段のイメージなりを逸脱しないように心がけるのです。

 実例として、昨年よりこのハンドルを利用しているLucaさんは、エロい話や反社会的な話を書くには、大変躊躇します。
 これにより自身への信頼なり品位を失うのを恐れるからです。そしてこれは何らかの形で抑止力として機能します。

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このブログは、Lucablog 2005-07-24 ネット上で人は、匿名性を失うと優しくなれる(http://d.hatena.ne.jp/LucaLuca/20050724)を修正・加筆し移転したものです。